食=food=風土

昨日はマクロビオティックの料理教室「リマ・クッキングスクール」の中級11回目。玄米おかゆパン、コーンスープ、車麩ナゲット、切り干し大根サラダ、白玉のごまみそソースでした。

 

■私達と環境、物質と空間は、切り離すことができない

マクロビオティックにおいて「食」とは、二つの意味があります。狭義には私達が食べている「食べ物」、広義にはその食べ物が育つ「環境」そのものをいいます。

 

「食=food=風土」とはよく言ったものです(笑)

 

マクロビオティックでは、私達を取り巻く環境は、物質を取り巻く空間と捉えられ、その物質を成り立たせているのは空間そのものであると考える東洋思想が基底にあります。

 

つまり私達と環境、物質と空間は、切り離すことができないことが前提となっています。

 

よくマクロビオティックは「疑似科学」とか「ニセ医学」とかご批判をいただくのですが、そんな時私は「はい、そうですよ」としか答えようがありません(笑)

 

「科学」や「医学」の基底にある西洋哲学は、物質と空間を切り離すことが前提となっています。

 

病院は外環境を遮断しますし、実験は研究室の中や試験官の中で、細心の注意を払って空間を遮断します。

 

ですから「病気」や「症状」に対しても、科学や医学とマクロビオティックでは、まったく捉え方が違うのです。

 

マクロビオティックは、「病気」や「症状」は、環境と自分の間でのバランスが崩れている信号機とみます。

 

だから環境と自分をとりもつ狭義の意味での「食」をまず見直すことことから、信号機を赤から黄、そして青へと戻し、再び環境との調和を復帰して行きます。

 

一方科学や医学は、「病気」や「症状」を異常を起こした部品として、最新の技術で撤去することを信条としています。

 

ですからまったく前提や目的が真逆的に違うのです。

ただ結果的副産物的にマクロビオティックで「病気」や「症状」が消えてしまうように見えることがあります。

 

だから、西洋思想を基底に考える人には、根拠のない「疑似科学」とか「ニセ医学」に見えてしまうのも、まったく仕方のないことなのです!

 

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